Mclaren

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命名はロン・デニス率いる「マールボロ・プロジェクト4」に由来する

マクラーレン・レーシング・リミテッド(McLaren Racing Limited)は、1963年にブルース・マクラーレンにより設立されたイギリスのレーシング・チーム。

初期の名機

Mclaren TAGポルシェ MP4/2

「MP4/2」は1984年第1戦ブラジルGPから投入されました。
この年からマクラーレンのドライバーはアラン・プロストとニキ・ラウダのコンビになっています。
1984年はドライバーズ・チャンピオンをニキ・ラウダがとっており、プロストは0.5ポイント差で2位になっています。
当然コンストラクターズポイントでもマクラーレン・TAGポルシェが1位です。
「MP4/2」は「MP4」シリーズ初のチャンピオンカーとなりました。
1985年からは「MP4/2B」にアップグレードされ、アラン・プロストがドライバーズ・チャンピオンを獲得し、
マクラーレン・TAGポルシェは2年連続でコンストラクターズ・チャンピオンとなっています。 1986年は「MP4/2C」となりました。
この年もアラン・プロストがドライバーズ・チャンピオンになっていますが、 コンストラクターズ・チャンピオンはウイリアムズ・ホンダに奪われています。

Mclaren HONDA MP4/4

MP4/4の設計は1987年夏の終わりごろから本格的にスタートした。
エンジンをTAG(ポルシェ)からホンダに変更したが、チーフデザイナであるスティーブ・ニコルズによると、
このホンダとの契約が正式締結され明らかにされるのが9月4日(1987年イタリアグランプリで発表)と
遅かったため、白紙の状態から6か月でデザインを完了させなければならなかった。
開発着手の遅れの影響が懸念されていたが、MP4/4は開幕当初から他チームを圧倒する速さと
高い信頼性を発揮した。
1988年シーズン開幕戦から最終戦まで使用され、圧倒的な強さで全16戦中15勝を記録し、
アイルトン・セナに自身初のドライバーズタイトルとマクラーレンにコンストラクターズタイトルをもたらした。
全16戦中、イギリスGPを除く15回のポールポジションと、イタリアGPを除く15回の勝利、全てのレースで
どちらかが「完走」を記録。
ワンツーフィニッシュは10回を数え、獲得したコンストラクターズポイントは199点で、
2位フェラーリ(65ポイント)の3倍以上の、F1史上でも類を見ない記録を打ち立てた。

Mclaren HONDA MP4/5b

1989年のF1世界選手権において16戦10勝を記録し、ドライバー、コンストラクターズのダブルタイトルを
獲得したマクラーレン・ホンダ MP4/5は間違いなく名車である。
自然吸気エンジン2年目となる1990年は、その名車であるMP4/5の改良型となるMP4/5Bでシーズンに臨んだ。
空力面ではディフューザーがレイトンハウス風の半円形のエアトンネルを5つ連ねた独特な形状となり、
前年のヒット映画『バットマン』のロゴになぞらえて通称「バットマン・ディフューザー」と呼ばれた。
このシーズンはマクラーレンにとってフェラーリ・641という好敵手を相手にした激しいシーズンであった。
セナは、プロストのフェラーリを相手に6勝を挙げ、コンストラクターズタイトル3連覇を達成した。
セナが前年のリベンジを果たしたのは、第15戦日本GPであった。
1周目の第一コーナーでプロストと接触し両者リタイア。セナのドライバーズチャンピオンシップが決定した。
だが、コンストラクターズは確定しておらず、ベルガーのマクラーレンがリタイアした後、マンセルの
フェラーリが表彰台入りすれば逆転のチャンスが残るという状況であった。
最終的にはマンセルのリタイアの結果、コンストラクターズも確定した。

Mclaren HONDA MP4/6

1991年の開幕戦から最終戦まで実戦投入され、1992年は第2戦までMP4/6Bが使用された。
ホンダはF1第1期活動以来となるV12エンジンを開発。
アンリ・デュランによって空力面はある程度改善されたが、シーズン前のシャシーの研究開発は
順調とは言えなかった。
また、空力も彼が関わっていたフェラーリ・642のデザインが色濃く反映しており、チームによる研究が
進んでいるとは言えなかったが、シーズン中の開発で何とかウイリアムズに対抗した。
それに対して、ウイリアムズはエイドリアン・ニューウェイという天才がいたものの、チームで空力や
シャシーに関する研究を進めており、その結果が表れつつあった。
マクラーレンはウィリアムズに猛追され、一時はコンストラクターズのトップの座を奪われたが、
ハンガリーGPとベルギーGPでのマシントラブル、ポルトガルGPのピットストップのミスで
ウィリアムズが勝利できなかったことが影響し、マクラーレンは4年連続のコンストラクターズ
チャンピオンとなった。
セナはナイジェル・マンセルの挑戦を退け、3度目のドライバーズタイトルを獲得した。

Mclaren HONDA MP4/7A

チーフデザイナーのニール・オートレイとエアロダイナミシストのアンリ・デュランが設計。
1992年シーズン第3戦ブラジルGPから最終戦まで実戦投入された。
シャーシ名称がMP4/7ではなくMP4/7Aとなったのは、当初より改良型Bスペックシャーシを投入する
予定があったからである。
マクラーレンMP4シリーズはオス型成型のカーボンモノコックにアッパーカウルを被せる手法を継続してきたが、
MP4/7Aではトレンドに従いメス型成型に変更された。曲線のついた細いノーズは控え目ながらハイノーズ化された。
でき上がったばかりのマシンではMP4/6Bとの比較もままならなかったが、
旧型車ではウィリアムズに太刀打ちできないことが明らかであったことから、
予定より大幅に前倒しして第3戦ブラジルGPよりMP4/7Aを実戦投入した。
第6戦モナコGPではマンセルのタイヤトラブルによりセナが優勝。
第7戦カナダGPでもベルガーが勝利したが、ウィリアムズとの差は容易に詰まらず、
ミハエル・シューマッハをエースとしたベネトンとコンストラクターズ2位争いを演じることとなった。
そんな中、この年のイタリアGPでホンダは同年限りのF1活動休止を発表した。
ホンダは第2期最後の地元レースとなった日本GPで特別スペック(鈴鹿スペシャル)を投入したが、
セナはエンジントラブルで早々にリタイアした。
最終戦オーストラリアGP予選ではウィリアムズとの差をコンマ5秒差まで詰めた。
最終的に5勝を挙げコンストラクターズ2位は死守したが、1988年から続けたコンストラクターズ連覇は
4でストップした。
セナとベルガーはドライバーズポイントでシューマッハに敗れた。
リタイアが多くベネトンに比べてエンジン、ギアボックスの信頼性が劣った事が敗因と言える。

Mclaren Mercedes MP4-13

長年使用してきた「MP4/**」のモデルネームが一部刷新され、前年モデルMP4-12より「MP4-**」と、
コードナンバーの前に付く符号が"/"から"-"に変更された。
マクラーレンは23年間に渡ってタイトルスポンサーを務めたマールボロとの契約を1996年シーズンをもって終了し、
1997年からインペリアル・タバコグループのレームツマ社と契約した。
同社のドイツ向け煙草ブランドであるウエスト(West)をタイトルスポンサーとして、
カラーリングもそれまでの赤/白から、黒/銀を基調としたものに変更した。
MP4-13はメカニカルトラブルに悩まされ、このメカニカルトラブルの差がタイトル争いを最終戦までもつれ込む要因となったが、
ハッキネンは最終戦日本GPの勝利で初のドライバーズタイトルを獲得した。
マクラーレンは1991年以来のコンストラクターズタイトルを奪取し、ブリヂストンにとっても初のタイトル獲得となった。

Mclaren HONDA MP4-30

2008年以来7年ぶりのF1復帰となるホンダ製パワーユニットを搭載したマシン。
「マクラーレン・ホンダ」としては1992年のMP4/7A以来のコンビ復活となった。
カラーリングはボーダフォンカラー以前の、MP4-20に近いノーズに赤い縁取りのシルバーアローカラーで開幕を迎える。
第5戦スペイングランプリで、グラファイトグレーを基調とした新カラーリング「画像3」に変更された。
2015年、ホンダはマクラーレンのワークスエンジンパートナーとして2008年以来7年ぶりのF1復帰。
1992年のMP4/7A以来となる“マクラーレン・ホンダ”のコンビが復活。
だが、過去に黄金時代を築いた“マクラーレン・ホンダ”への期待は脆くも崩れ去った。
最終的に新生マクラーレン・ホンダは、6回の入賞を果たすにとどまり、29ポイントの獲得で
コンストラクターズ9位とチーム史上最悪の結果でシーズンを終えることになった。
2回のF1ワールドチャンピオンであるフェルナンド・アロンソも11ポイントの獲得で17位と、
ミナルディでのデビューシーズン以外では最悪の結果となった。
マクラーレンの2015年F1マシン『MP4-30』は、ファンの期待も虚しくチームの歴史のなかで
最弱のマシンとして名を残すことになった。

参考資料:wikipedia
F1-Gate.com
auto sports web

Mclaren RENAULT MCL33

2018年2月23日に正式発表された。パワーユニットは前年までのホンダからルノーに変更され、
カラーリングはマクラーレン伝統のパパイヤオレンジにブルーが添えられている。
ドライバーはフェルナンド・アロンソとストフェル・バンドーンの両者とも残留。
マシンの戦闘力不足はシーズンが進むにつれ表面化し、シーズン前半戦は予選決勝共に
まずまずの結果を残していたが、後半戦は予選Q1落ちやテールエンダ―の常連という状況になるまで低迷。
とくにバンドーンのシャシーにだけダウンフォースが抜けてしまう問題などが発生するなど、
結果だけ見れば、コンストラクターズ6位の62ポイントを獲得やオーストラリアGPのアロンソの5位入賞など、
ホンダ時代からははるかに改善したが名門復活というには不満の残る形となった。

Mclaren MercedesAMG MCL35M

2021年、規定により前年型シャシーに規制を設けて使うことになり、前年度中から
メルセデス型円形ノーズ等をトークン消費しないよう早めに導入し、マクラーレン・MCL35Mとして出走する事とした。
MはMercedes(メルセデス)製パワーユニット、Modify(変更)などの意味がある。
基本的に前年からのカラーリングを継続していたが、第5戦モナコGPではガルフ・オイルのイメージを
メインカラーとしたオレンジと水色の特別カラーリングに、最終戦アブダビGPでは
ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)の電子たばこ『Vuse』とのコラボレーションによる
スペシャルカラーリングに変更して出走した。
第14戦イタリアGPでは今季全チーム中唯一のワンツー・フィニッシュで9年ぶりに優勝を達成した。

Mclaren Mercedes MCL36

現地時間2月11日(金)、マクラーレンF1チームは、2022年シーズンのF1を戦う新型マシン『MCL36』を発表した。
マクラーレンは2022年もランド・ノリスとダニエル・リカルドというドライバーラインアップでF1を戦っていく。
9日(水)にはノリスと新たに4年間の契約を締結しており、ノリスは2025年末までマクラーレンに残留することが決定した。
コンストラクターズ選手権においてはメルセデスとレッドブルに次ぐ3位を維持して戦ってきたが、
終盤にフェラーリの逆転を許し4位で2021年シーズンを終えたマクラーレン。
勢力図が変わると予想される2022年は、もう一度トップ3に返り咲くチャンスにもなるはずだ。
ファンからの人気も高いノリスとリカルドの戦いに期待がかかる。

参考資料:wikipedia
F1-Gate.com
auto sports web